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夫婦は近くて遠い他人

結婚3年目アラサー嫁。口には出さないけれど心の中では思っているアレコレを綴ります。

『卒婚』という夫婦のカタチ。

先日、フジテレビのバイキングを観ていたら『卒婚』という夫婦のカタチの話題が取り上げられていた。

1歳児のお昼ごはんのお世話をしながらの、ながら見だったので解釈がイマイチ違うかもしれない事はご承知おきくださいませ。

 

少し前に熟年離婚が流行ったけれどそれなりにリスクもあって、だから離婚はせずにお互いにお互いを頼りすぎず必要あれば別居もしてそれぞれやりたいことをやって生きていく卒婚というカタチもアリですよという話。

その話の中で、離婚とか別居とかってのはお金がかかるから、主婦は特に離婚とか別居とかをしたくても我慢をする人がたくさんいるという話があった。

それを聞いた坂上忍さんが、お金が理由で我慢して嫌いなヤツと一緒にいる意味がわからないという内容を言っていた。

私の解釈があっていれば…ですが。

 

私から言わせると、全く意味がわからなくなんてない。

経済的に自立できてない主婦であり母である女の立場の私に言わせれば、自分がそれを選択実行する事によって子供たちの生活レベルがどちらに傾くかという計算をする。

上がると予想したならばさっさと離婚でも別居でもするけれども、下がると予想したらならばそりゃあ我慢するでしょ。

 

実際、今の私はそれに近いものがある。

数日前に起きた出来事以来、旦那に対して今までの感情とは少し別物になった。

踏ん切りがついたというか、諦めがついたともいうような。

きっとわかってくれると期待していたからこそだったのだけど、この人はもう一生変わらないだろうと確信したから期待するのはもうやめた。

信じるから裏切られるのだから、最初から信じなければ良い話だ。

そうなったら正直なところ、彼に対する愛情がどうとか、愛しさがどうとか、なんかそういう感情は行方不明なった。

なくなったのではない。

あくまでも行方不明になったのだ。

今後もしかしたらその感情は、ひょっこり戻ってくるかもしれないし、このまま戻ってこないかもしれない。

 

そういう感情の中で旦那の事を好きか嫌いかを言えば、どちらでもない。

…と、いうか。

正直、今はわからない。

感情ってそんなに簡単なものではない。

そのうえ夫婦という関係もたくさんの人を巻き込んでいるから、好きか嫌いかわからないから離婚しましょうというほど簡単なものではない。

そうなると別に一緒に居たい訳ではないけれど、生活のために一緒にいるという答えになる。

 

私は彼に対してこういう感情だけれども、彼はあの事件によって絆が深まったとさえ思っていそうな気配すらする。

それが裏切る側と裏切られる側の傷痕の深さの違いだ。