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夫婦は近くて遠い他人

結婚3年目アラサー嫁。口には出さないけれど心の中では思っているアレコレを綴ります。

『嫌いではない』その心は…

私は旦那のことが嫌いなわけではない。

でも部分的に大嫌いなところがある。

その大嫌いな部分が前面に出ている最中はもちろん大嫌いだ。

でも出ていない時は嫌いではない。

ここがすごく難しいところで、『大好き』ではなくて『嫌いではない』なのだ。

少なくとも結婚して半年くらいの間は大好きという感情があった記憶があるのだけど、色々な事が起こる度に恋愛感情という何かホワホワしたものを感じていられるほど余裕はなくなり、気が付けばいつからか『嫌いではない』になっていた。

 

結婚して1年くらいまでは離婚うんぬんという話が出た時に『本当に離婚という選択で後悔ないのか』と自問自答してみると『この人を失って本当に後悔しないのか』と考えたのだけど…

最近は、過去に11年間シングルで上の子を育ててきた経験がひょっこり顔を出し『今回は子供が2人に増えてるから、前回と同様程度の大変さではないよなー』と考える。

だからすなわち、旦那自身と離れたいか離れたくないかは二の次三の次で、2人の子供を育てていくのに旦那という存在が必要かどうかという考えがパッと頭に浮かんでしまう。

 

それに加えて、シングルマザーを経験しないと本当の意味で気が付かない事ではあるけれども、なんだかんだ言っても“旦那がいる”というだけで守られている部分がいっぱいある。

それはシングルマザーや母子家庭の子に対する偏見という意味ではないし、偏見という意味でいえば今の時代の世間様は自分が予想した以上にシングルマザーや父親という存在が欠落している子を寛大に受け止めてくれた。

 

とにかく相手がどうであれ『旦那という存在がいる母親』というだけで守られることっていっぱいあるのだ。

だから御主人様が単身赴任中の奥様が『うちは旦那が単身赴任でいないから母子家庭みたいなもんなのよ〜』と言っているのをたまに聞くけれど、それとこれとを一緒にするのは経験からしてもとても失礼な発言だと思うし、『平和ボケ』だとも思う。

 

とにかくどんなにクソ旦那でも一定ラインをこえない程度のクソ旦那なら、子育てしていくには旦那というポジションの人がいるだけで有利。

それは経験上、間違いないと私は思う。

 

若い頃は、人生の先輩の方々の『旦那のことはもう好きでもなんでもないけれど離婚はしない』というのが理解できなかったけれど、30代半ばになった今は少し分かる気がする。